【書評】女系図でみる驚きの日本史
- 223P
- 著者 大塚ひかり
- 読みやすさ ★★★
女系図といわれてピンとくるのは僕が競馬ファンだから。「牝系」という概念は競馬界では常識ですが、人間社会は男系を重んじる社会です。
「お家断絶」ということばがありますが、これは直系の男子がいなくなった時のことを指します。娘から派生した系図を「お家」と認めないということですね。
競馬の牝系に詳しい人間は数あれど、日本の歴史の女系に精通しているのはこの著者しかいないのではないでしょうか。女系図を元に日本史に光を当てると違った一面が見えてくるというのが本書の試みです。
目次
平家滅亡は間違い 現代にも残る平氏の血筋
平家は壇ノ浦の戦いで滅亡したという印象の強い平家ですが、それは誤りです。壇ノ浦の戦いをもって平家一門が政治勢力から駆逐されましたが、一族全滅したわけであはりません。
さらにいうと平清盛の直系男子が途絶えたのも戦から14年経った後でした。 そして清盛が正妻時子との間にもうけた娘から連ならる血筋はなんと、現代の今上天皇にまで繋がっているのです。
その一方で、戦の勝者である源氏の棟梁、源頼朝の直系子孫は幕府の終わりを待たずして途絶えてしまいました。そしてもうひとついうと頼朝の妻、鬼の北条政子も平氏の血筋であったりします。女系図から見ればむしろ勝者は平氏になってしまうというわけです。
平安文学は近親だらけ者
紫式部「源氏物語」、清少納言「枕草子」、菅原孝標女「更級日記」、藤原道綱母「蜻蛉日記」、赤染衛門「栄花物語」。
誰もがいちどは必死こいて覚えたのではないでしょうか。平安の女流文学者たち。女系図で表すと彼女たちもあちこちで接点があることが見えてきます。
ものすごく狭いコミュニティに日本史に燦然と名を遺す女性たちがいたわけですが、これを著者は「文化資本」ということばでもって説明しています。
要するにハイスペック家庭の連鎖のことです。現代でも教育機会の不均衡は問題になっていますが、情報を得るツールが何もないこの時代、金持ちで教養がある親の元に生まれた子とそうでない子が手にするスペックの差は今の比ではありません。
今でいうところの「ネオヒルズ族」同士で懇ろに文学を嗜んでいたというところでしょう。
女系をロボット化した徳川
最後に面白いところで、江戸時代の将軍家について。徳川15代将軍のうち正妻の子はたった3人しかいませんでした。将軍の正妻が将軍を産んだ例はたった一例。家光の正妻お江のみです。
他の時代と比べて、為政者の母の身分が異様に低いのには理由があります。強い「外戚」を作らないためです。
古今東西今昔、外戚はいくども獅子身中の虫となってきました。平安時代の藤原氏、鎌倉時代の北条氏、室町時代の日野氏もしかりです。
徳川家は歴史に学び、世継ぎの母を身分の低い者にすることで外戚を作りませんでした。いわば母をロボット化したのです。
偉いのは正妻。でも正妻の子は将軍じゃないので、正妻の父も偉そうにできません。徳川家のシステム作りにはほんと頭が下がります。
総評
他にも「聖徳太子天皇説」や「義経が殺された理由」「茶々と家康の因縁」などなど、女系図から読み解く面白い話が盛りだくさん。マニアックが過ぎるので少々置き去りにされたりしながらも、トピックの魅力でなんとか戻ってくる感じです。中高生の頃から女系図作りに勤しんでいたという著者には脱帽するばかり。