【書評】CHAVS(チャヴ) 弱者を敵視する社会
392P
著者 ジョージ・オーウェル
読みやすさ ★★★
「チャヴ」とは下流階級労働者を侮辱する言葉。本書は本国イギリスでは14万部のベストセラーとなり、世界各国に翻訳されています。
原題で出版された時期は2011年。なぜ6年も経った2017年に邦訳されたかというと、2016年6月の「ブリグジット」によって、英国の格差社会に改めてスポットが当たったからですね。
アメリカもしかり、日本においても近年は「格差問題」がトレンドです。(流行というと不謹慎ですが)
イギリスとフランスの波はいずれきっと日本にも押し寄せます。だってこの本に書いてあることは、もう日本にも起きていることだから。
目次
CHAVS(チャヴ) 弱者を敵視する社会はどんな本か
あらすじを書くような本でもないかと思うので、端的に中身を紹介しましょう。
チャヴがいかにして現れたのか、その源泉をサッチャーが新自由主義に舵を切った時代に求め、移民をスケープゴートにして問題の本質がそらされている現代までを数字や実例を交えながら綴っています。
まず「チャヴ」のイメージを明確にしてから読めば早いというか、読み始めたらきっとみんな思うに違いありません。
日本でいうところの「DQN」ですね。
事件や騒動を起こしてはネットで職場や学校、住所まで晒され吊るし上げられ、攻撃と嘲笑の対象になっているという点でまったく一緒ですね。
ためしに「You Tube」で「chavs」を検索してみてください。イメージが掴めるかと思います。こんな感じで解りやすい悪意たっぷりの動画がいっぱいありますわ。
DQNの定義なんてものはないんですが、どちらかというと昔でいうところの「ヤンキー」の延長線上にあって、その点チャヴには「この貧乏人が!」みたいな意味が含まれているような気がします。
で、本書で著者が言っているのは彼らの悪行を肯定しているというわけではなく「こんなことなったん誰のせいやねん!」てことです。
ページ数多いですけど、削ぎ落せば要点はそこ。
特権階級者が国の中枢を占めて、それはマスコミやミュージシャンにまで及び、もはや労働者階級出身者の人間には何のチャンスもないと。
エスタブリッシュメントが悪いんか、チャブが悪いんか。
「努力したら抜け出せるやん。貧乏もバカもテメーのせいでしょ?」
この思考が正しいのか否か。それを考えるのが読者の役割です。
英国を揺るがした事件とチャヴ
本書でチャヴとの絡みで紹介されている以下の3つの出来事について、僕はひとつも知らなかったのですが、非常にセンセーショナルな事件です。
ヒルズボロの悲劇
1989年に行われたFAカップの準決勝、リヴァプールVSノッティンガム・フォレスト戦において、ゴール裏の立見席に収容人数を明らかに超えた観客が殺到しました。
結果、死者96名、負傷者766人というイギリスのスポーツ史上最悪とも言われる事故に。
当初はリヴァプールサポーターに責任が押し付けられていましたが、後に誘導に当たった警察に非があったと判明。警察の隠ぺい工作も明るみに出ています。
マデリーン・マクカーンとシャノン・マシューズ誘拐事件
2007年に誘拐されたマデリーン・マクカーン(当時3歳)がポルトガルの高級リゾート地で姿を消し、国民的な大事件となった。(現在も行方知れず)
一方で2008年に失踪したいわゆる「貧困層」の子シャノン・マシューズ(当時9歳)はマデリーンに比べて報道される回数は圧倒的に少なかった。
後に無事生還したが、実母が懸賞金目的のためにやった狂言誘拐だと判明した。
ジェィド・グッディ
リアリティ番組「ビッグブラザー」への出演をきっかけに有名人に。チャヴの典型のような彼女の言動は知名度の上昇と共に英国中から非難を浴びた。子宮がんを患い、27歳で死去。死の間際までメディアに出演し続け物議を醸した。
なんでしょう。亀田兄弟とその親父とビッグダディと美奈子とテラスハウスを合体させてもっと凄くした感じでしょうか。
著者はこういうメディアの在り方にも疑問を投げかけているんですが、日本でも古くはガチンコとかそうですよね。
あれは共感を求めるんじゃなくて完全に嘲笑狙ってるやつだし。今はコンプライアンスだなんだと言ってできなさそうな企画ですが。
マデリーン誘拐事件も、ジェイド・グッディのこともググるとこの方の記事が出てきますね。
イギリスをヲチしている方で、参考になりますね。
エスタブリッシュメント(特権階級)が支配する国
「エスタブリッシュメント」ということばはアメリカ国民がトランプ大統領を選んだくだりでよく出てきましたね。
生まれつき金持ち、何の障壁もない人生、エリート街道を突き進んで余裕で政治家。金持ちが金持ちのために政治を行い、どんどん広がる格差。
しまいにはエスタブリッシュメントさん達は労働階級の人間と顔を合わすことすらなくなって、その子供たちは貧困層と会ったこともなくイメージすらできないっていう。
お前らは「天竜人」か。
こんなバカみたいな話がすでに、先進国とかいう国でまかり通ってしまってるわけで、それは日本も例外じゃないんですね。
現在の第四次安倍内閣の閣僚の略歴を見てみましょう。
説明不要のただの金持ち。父・衆議院議員、祖父総理。小学校から大学まで成蹊という受験すらしない堕落したエリート
同じく言うに及ばないただの金持ち。父九州のドン、祖父総理。学習院大卒。
祖父大臣。上智大学卒。
東大卒。
祖父・父共に副総理。慶応大中退後、海外をフラフラする。
父・大臣。東大卒。
祖父、日野自動車社長、義父大臣。東大卒。
東大卒だが、公式HPで確認する限りは特権階級者ではなさそう。
東大卒。
父内科医・東大医学部助教授、義父参議院議員、祖父東大教授。東大卒。
義父、気仙沼市長、東京水産大学卒。気仙沼の老舗旅館の息子。庶民感覚は持っていそうに思える。
法政大卒。町議員と教師の息子ではありますが、苦労してるし庶民の心もわかるはずの人物だと思うんですけどね。総理ではなく、国民の方を向いてほしいです。
実家は福島の木材会社。早稲田大学卒。
祖父衆議院議員、父大臣。玉川大卒。
父大臣、立教大卒
灘高校、東大卒。
父福岡県議員、明治大卒。
内閣府特命担当大臣 茂木敏光
東大卒。小中高公立なんで階級というより頭がいいんでしょう。
父総理、早稲田大卒
どないですかー。解りやすいように色分けしてみました。読んでてもイヤになってくるでしょうが、書いててもイヤになってきました。
父ちゃんや爺ちゃんが議員や閣僚経験者なだけで大臣な人がいっぱいいますねぇ。もしくは東大出ないとダメですね。
全員ではないですけど、この人たち国民ってどんな人か知ってるんですかね。これだけ偏りがあると東大卒の人がやろうが、普通の人がやろうが政治なんてあんまり変わらんように思えます。
いや、むしろ庶民感覚を持った人が上に混じってないとメチャメチャなりますよね。
じゃあ頑張って東大入りますかという話ですが、東大生の半分以上が親の年収950万円以上という過酷な現実があります。
ということで、この世に産まれ落ちた瞬間から政治の中枢に入り込む余地は、ほぼありまへん。身分は金で買うという前時代的な構図は現代においても受け継がれているわけです。
自己責任について
犯罪も悪人も悪いんですよ。もちろん。僕も隣人が粗暴なヤツだったら普通にイヤです。家の間にたむろされてももちろんイヤです。
自分に置き換えるとそうなるんですけど、じゃあ粗暴な行いをする人たちは生まれつき悪人だったのかという話です。
子育てをするようになって、強くそう感じるようになりました。子どもが悪人になっていく過程で最も責任があるのは親に違いないです。
イカれた親のせいで、教育もロクに受けられない。進学できない、仕事も金もない。生活保護は非難されカットされる。
こんな人生を提供されたらどうしたらいいんですかね。
飲んだくれるか暴れるかシャブやるかセックスやるしかなさそうです。僕もきっとそうします。
この環境下に産まれた赤ちゃんなんてさらに選択肢がないわけですが「自己責任」なんて言えるでしょうか。
「努力したら抜け出せるじゃん」て言うのは、努力したら抜け出せる立場にいるからということは本書を読めばわかると思います。
おすすめする関連本
この本を読んで「ほう」となる人なら以下の本もピッタリハマると思います。
ブレイディみかこさんはちょっと変わった経歴の持ち主です。イギリスで保育士として勤めるかたわら執筆活動をしていて、最近とても売れっ子ですね。
ノンフィクションというよりエッセイの色合いが濃いのですが、問題の本質はしっかり書かれていて、しかも日本人ということでスッと入ってきます。
研究者や学者ではないので視点が庶民目線というところがいいですね。
これは格差社会のアメリカ版で、本書と重複する点が多々あります。ブリグジットとトランプ政権誕生の根っこが同じということが見えてきますね。
イギリスもアメリカもほんとやだなーと思うんですが、読んでみると我が国もまったく他人事ではなくて、子育て世代の親としては暗澹たる気分になるんですが、読んでよかったです。
総評
関心のあるテーマなんで、かなり内容が乱雑になってしまいました。
本書は少々扇情的な面は否めないのですが、世界各国で読まれているということはみんな気づいているんですよね。
「今の世の中腐ってね??」て。
僕は日本の衰退とともに成長してきた生粋の氷河期世代ですが、やっぱり司馬遼太郎の明治時代回顧的に、「昭和末期は貧乏だったけどいい時代だったなー」なんて思います。
ゴリゴリの労働階級家庭生まれ、かつ団地っ子だった身としては、日本もイギリスみたいになると、とても複雑な心境です。もうなっているのかもしれないけど。
「子供時代が不幸だった」なんて一度も思ったことないですしね。
触れたい箇所多すぎて全然書けなかったんで、ぜひ本書を手に取って読んで欲しいです。
ひじょうに長くて煩わしい記事になってしまいましたが、最後に著者の記した希望の言葉でもって締めくくりたいと思います。
馬鹿にされるかもしれない。無視されるかもしれない。
それでも、彼らはいつかきっと、「この声を聞け」と、ふたたび立ち上がるにちがいない。