【書評】戦争にチャンスを与えよ
220P
著者 エドワード・ルトワック
読みやすさ ★★★★★
なんとも挑戦的なタイトルです。それだけでもう読んでみたくなりますよね。ひとつ先に申し上げておくと、本書は戦争を全肯定したり礼賛するような内容ではありません。主に軍事的戦略の観点から捉えた戦争の有用性を説いていて、そしてこれは概ね真実なんだろうなぁと思います。戦争がもたらすプラス要素とは一体何なのか?気になりませんか?
目次
エドワード・ルトワックについて
僕は著者の本については初見ですが「中国4.0」「自滅する中国」などがあります。
ワシントンの大手シンクタンク「米戦略国際問題研究所」の上級顧問で、肩書は戦略家、歴史家、経済学者、国防アドバイザーなど色々ついています。
略歴は1952年、ルーマニア生まれたユダヤ人です。その後、イタリアや英軍で教育を受け、英米の大学で学位を取得。アメリカの国防省長官府に任用されていたという略歴です。
現在も国防省やホワイトハウスにアドバイスを送るという「プロの戦略家」ということですが、まぁちょっと日本人には想像つきませんね。平たく軍師とでも思っておけばいいんでしょうか。黒田官兵衛やら竹中半兵衛的な。
訳者は奥山真司氏で戦略系の本をたくさん訳しておられます。ご自身も「地政学」という著書を記しておられて、これが2004年の出版です。
なので昨今の地政学ブームに乗ったわけではなく、ガチ地政学スペシャリストとして引っ張りだこになっているのでしょう。
この本しか読んだことありませんが、文章がスッキリしていて要点は抑えられています。ものすごい読みやすい訳なので、引く手あまたなのも頷けます。
戦争こそがもたらす平和とは
本書の核である部分は「戦争こそが平和をもたらす」という奇抜な論理でしょう。それはおおよそこのような理屈です。
戦力が拮抗していようがいまいが、すぐに終わろうが長期化しようが戦争は必ずいつか終わります。
両国が疲弊し、もう戦争を持続できない状態になれば必ず戦争は終結するのです。そして、国家は荒廃してしまったとしても、その後には平和が訪れ無駄な命が奪われることがなくなります。
それでは、戦争の終わらないところがあるのはなぜでしょうか?それは他国や関係のないものが間に入るからです。
もはや弾薬の消費地帯となっているシリアを見れば誰にでもわかるでしょう。無関係の国が介入して戦争を停止させたとしても、争いの火種が消えることはありません。
著者はそれを「停戦」ではなく永続的な戦争状態を作っているだけだとして、批判しています。
イラクはアメリカの介入によって事実上、国家がなくなりました。シリアの内戦は終わる気配も見せません。逆の例が日本とアメリカの戦争です。アメリカの一方的な蹂躙によって幕を引いた戦いの後、日本がどうなったのか。
もし、他国が介入していたら朝鮮半島のように分断されていたかもしれないというのは、まったくもってその通りだと思います。
同じ理屈を難民支援にも当てはめています。難民がいつまでも難民で居続けるのはなぜでしょうか?
衣食住を確保するためにNGOなどが難民キャンプを支援するからです。支援がなければ難民は他国に移るか自国に留まって難民ではなくなるのです。
人道や人命の価値を抜きにして考えれば、この理屈はある意味真理ともいえるのではないでしょうか?
軍事力によってもたらされる平和
非常につまらん例を出して恐縮ですが、私の家は少年時代溜まり場となっていて、日々友人たちとテレビゲームに興じていました。
高校生の頃、「信長の野望」を4Pプレイでやっていたのですが、各々がCPUをすべて撃破して陣地を確保した後は、いよいよプレイヤー同士の戦争となります。
高校生ともなると相当知恵が回ります。戦争を仕掛けるのは領土の周辺国になりますので、当然皆がそこへ兵力を割きます。
そこへ大軍でもって攻め込んだとしても、結局両者とも大ダメージを被って、国力が疲弊、そうなると当然第三者はそこへ付けこみます。
が、4人全員がこれを解っているので、結局何もできないんですね。CPU絶滅させた後はただの富国強兵ゲームになるっていう(笑)
現実の世界はここまで単純ではありませんが、軍事力による緊張が国内にも周辺国にも平和をもたらすというのは北朝鮮が本当にいい例です。
平和ボケの状態こそが却って戦争状態に繋がるというのが著者の論で、日本なんてまさにそうですよね。
日本が他国に攻められようものなら、諸外国にも大迷惑がかかるわけですから、自衛隊が違憲だどうだという論争が終わりを見せない、我が国の状態を他国は「何やってんだ??」て思ってるんでしょう。
日本について
日本でベストセラーになっているだけあって、日本に関して述べている部分が多くあります。僕にとってはめちゃめちゃ意外なのは、安倍首相をものすごく評価している点です。
アメリカと友好を保ちつつ、ロシアとの信頼関係を構築し、中国を牽制しているように映っているみたいですが、僕には戦略的リーダーとして機能しているとはとても思えないんですけどね。
戦略のプロが言うからにはもしかして、そうなんでしょうか。どうにも腑に落ちない点ではあります。
その他、尖閣諸島を巡る中国との問題や、北朝鮮との関係についてもかなり突っ込んだところまで言及しています。
現在、両問題はハッキリいって日本にまったく主導権がなく、「なるようになる」みたいな感じになっていますよね。
著者のいうところでは、それが最悪な対応なわけです。「いくらなんでもそれはやらないだろう」と高をくくっているような考えがこそが戦争勃発に繋がると。
平和を叫ぶことは簡単にできますが、平和を維持するにはそのための戦略が必要です。日本は果たしてこんな状態でいいのかと、大いに考えさせられます。
現代のみならず、武田信玄・徳川家康・織田信長を評しているところなんて、余計に日本人が読むと喜びますね。橋本市長まで登場していて、これは出版社の誘導尋問のような気がしますが(笑)
ちなみに信玄は最高の戦術家、家康は最高の戦略家、信長は両方備えたバランス派とのことです。
総評
いやいや、僕はこの本めっちゃ好きでしたねぇ。近年流行の地政学本のにも分類されるんだと思いますが、戦略と戦術の話は歴史ファンとしては非常に興味深いです。
戦術レベルの勝利は戦略的視点で見ると何の意味もなさないというのは、ナポレオンや日本軍が証明しているとおりです。
そして戦略は政治に勝るというのも歴史が示しています。ニクソンの米中関係改善がもっとも解りやすい例でしょう。
著者は外交、すなわち同盟が最強の戦略であると述べています。徳川家康に最大級の評価をしているのはその点においてです。
戦争を起こす前に外交で決するというのは、孫氏の兵法、基本中の基本ですね。それは現代においても同じということです。
大局を重視する戦略においては、時として人命を軽視せざるを得ない局面があります。それが確実な勝利に繋がるのであれば、なおさらです。
人権は確かに大事ではありますが、国を守るか人権を守るか、国民がどちらを選ぶかということはトランプ、プーチン、ドゥテルテを見れば明らかですね。
国際関係はきれいごとでは片付かないのです。翻って我が国は、国際問題を考えるスタートラインにも立っていません。
モリトモやカケに費やしてる時間は全部ムダなんですよねー。日本はアメリカが「世界の警察」を演じることを放棄した今、軍事力と平和について全力で考えなきゃいけないんですよ。ほんと。
ということで、僕の現政権嫌いはこのぐらいにしといて、他にも「ヨーロッパはいずれ消滅する」なんて、一見メチャメチャな説ですが、筋が通っていたりして、非常に含蓄あふれる一冊でした。
最後はちょっと長いですが、僕が最も共感する著者のことばでもって締めておきます。
平和をもたらすのは、唯一、戦争だけだ。
もしこのメカニズムを止めてしまえば、それを止めた当事者が平和をもたらさなければならなくなる。
そのためには、大規模な軍隊の投入が必要となり、地域の治安を確保して住民を安心させ、ならず者は全員撃ち殺し、その地域を50年間にわたって統治しなければならない。