氷河期男の咆哮

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【書評】潔白

  • 262P
  • 著者 青木俊
  • 読みやすさ ★★★★★

もし刑を執行してしまった死刑囚が冤罪だったら?そんなif物語を死刑囚の娘と検事、2人の視点から描いています。ミスを隠蔽し問題の発覚を阻止しようとする国家を正義の弁護士と共に打ち破ろうという物語は珍しくはありません。

本書に関していえば魅力は「いかにも体制側がやりそうなことあるある」をリアルに書いているところです。

正義よりも国民よりも組織を守ることを最優先する人間が実際にいるということは、ちょうど2018年3月現在、世間を賑わしている財務省森友学園に関する文書改ざん問題を見ればわかる通りです。

もし、実際に無罪の人間を死刑にしてしまったら。隠蔽しない方が不思議なような気がします。

目次

青木俊 プロフィール

では著者の青木さんのプロフィールをサラッと。

ということで、テレビ東京では報道畑にいたそうです。いろいろ言いたいことがあったんでしょうね、きっと。

テレビ局にいると報道といっても政治やスポンサーの前では無力に等しいですからね。それはわが道を行くテレビ東京であっても少なからずあるんではないでしょうか。

ジャーナリストの清水潔さんに大きな影響を受けたとういことで、kindleで対談本を出しています。

清水潔さんと言えば昨年話題になった謎の本「文庫X」の著者。マムシのような清水氏の取材ぶりが見所の良作です。

リアリティの追及は清水さんと志に共にしてるといったところでしょう。言いにくいところをどこまで踏み込むか。

そういう意味では本書は宣伝的にはあまり歓迎されない本なのかもしれません。

余談ですが昨年売れた「トヨトミの野望」はメディア的には絶対扱えないやつで面白いですよね。

そういうところがあるのがメディアというやつなので、著者は文筆家へ転身したのでしょう。

ストーリー

ストーリーは冒頭に述べたように複雑なものではありません。真実を追求する死刑囚の娘ひかりと過去に傷を持つ男、高瀬検事という立場を逆にする2人の視点から冤罪事件が綴られています。

真実と正義を求めるひかりに対して、それを捻じ曲げることに苦悩する高瀬検事の精神的苦悩のコントラストが本書の中核を織りなす要素です。

絶対的に正しいひかりを、本来国民のためにあるべき国家の組織が蹂躙していく。この構図は何も冤罪の父を持ったひかりだけでではなく、現実世界の我々国民にも当てはまることです。

そのように感情移入させるために実在の事件を取り入れているのが本書の特徴です。本当にあったことを織り交ぜることで、読者は本当にありそうなこの冤罪事件にリアリティを感じることができるわけです。

実在する冤罪事件

では本書に登場する現実の世界で起きた冤罪事件を列挙しておきます。いずれも目を疑うような組織側の悪行が際立つものです。

足利事件

本書で著者が最も糾弾しているであろう、遺伝子鑑定MCT118型によるDNA鑑定を根拠に逮捕された菅家利和さんが無期懲役の判決を受けた。2009年に行われたDNA鑑定の結果、冤罪であったことが判明した。

三井環事件

検察の裏金問題を内部告発しようとしていた大阪高等検察庁公安部長の三井環が逮捕された。その罪名は「電磁的公正証書原本不実記載」。過去一度も立件されたことがない罪だった。

免田事件

熊本県人吉市の祈祷師宅で4人が殺傷された事件で強盗殺人などの罪に問われた免田栄さんは1952年に死刑判決が確定した。後、度重なる再審請求で無罪。日本初の死刑確定者の再審無罪判決。自白の強要が問題視された。

大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件

厚生労働省事務次官に就任だった村木厚子さんが郵便不正事件で逮捕されたが、検察の証拠ねつ造が発覚し無罪。逆に検事が逮捕され検察庁トップの辞任に発展した。

松橋事件

1985年、熊本県の男性刺殺された「松橋事件」で宮田浩喜は殺人罪などに問われ、懲役13年が確定し服役した。2016年、自白の信用性が疑われ熊本地裁が再審開始を決定するも熊本地検は即時抗告。2017年、福岡高裁が検察の即時抗告を棄却。

検察の自白の強要や証拠隠しが疑われている。

さらに福岡高検福岡高裁の決定を不服として特別抗告。2018年3月現在、判断が最高裁に委ねられている。

袴田事件

1966年、静岡県で発生した強盗殺人放火事件で袴田巌元さんは死刑が確定。その後冤罪を訴え2014年、静岡地裁が再審開始を決定した。検察は即時抗告し、東京高裁による心理が続いている。2018年3月末までに再審の可否を判断する。

足利事件と同じくDNA鑑定の信ぴょう性が争点となっている。

総評

実際にあった冤罪事件のひとつ袴田事件は最も記憶に残るところではないでしょうか。僕は完全に表情が死んでしまっている袴田さんを見て衝撃を受けました。

本書は袴田さんのような冤罪被害者を生み出す国家組織に対する怒りを原動力にして書いた作品です。

冤罪の可能性があるとわかっていても決して認めず、優先されるのは人権よりも組織の体面であるということ。それは物語ではなく現実の出来事であるということを明示しています。

正直いうと終盤、真犯人を明らかにするくだりの完成度はとてつもなく低いと僕は思うのですが、限りなくノンフィクションに近いフィクションを書こうとしたらこうなってしまったのかなと推察します。

「もし死刑失効後に冤罪が判明したら」。この部分に対して読者にリアルな想像させることが著者の最大の目的であり、関心どころだと思うのでラストはあんまり気にしなくてもいいのかなぁとは思います。

このへんは読者の判断の別れるところでしょう。

それでは、ひかりの絶望と怨嗟に満ちた作中のセリフでもって締めたいと思います。

「裁判官って神?」

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